プーチン大統領のウクライナ侵攻は狂気の沙汰としか思えない。かつてのソビエト連邦の同胞、兄弟国の人々を虐殺し、都市を破壊し、国土を焦土と化すことにいかなる道理があるのか。しかも、世界の平和の祭典、北京五輪とパラリンピックの間に侵攻を開始した。新型コロナウイルスのパンデミックの真っ只中に病院も学校も劇場もショッピングセンターも集合住宅も無差別に攻撃している。気候危機が深刻化する中で温室効果ガスを大量に排出する火器による攻撃が続いてる。さらにチェルノブイリをはじめ複数の原子力施設が攻撃対象とされており、地球規模の過酷事故が起きかねない。プーチン大統領はウクライナをナチスになぞらえて侵攻を正当化しているようだが、そうしたプロパガンダを含めて彼こそ「核兵器をもったヒトラー」に思えてならない。
どのようにして、このプーチン大統領の狂気の戦争を終わらせるか。最も手っ取り早いのは、プーチン大統領自身やその側近が正気に戻って侵攻を止めることだ。彼が今の地位を守って生き残れるわずかな可能性はこの道にしかない。次善の策としては、ロシア国内の軍部や政府関係者、国民が戦争反対の言論、行動を強めてプーチン大統領を説得または失脚させることだ。第三には現在停戦交渉の舞台を提供しているトルコや中国など第三国が仲介ないし仲裁に入って停戦、終戦を実現することだ。それも難しいとなればやはり米国やNATOを含む西側諸国の経済制裁のさらなる強化と軍事介入となる。しかしこれは慎重に慎重を重ねなければ、ロシアの化学兵器や生物兵器、そして核兵器の使用を誘発することになりかねない。米国バイデン大統領は、「NATOとロシアの直接的な衝突は第3次世界大戦となり、我々はこれを防ぐために努力しなければならない」としている。
いずれにせよ、ウクライナの惨状をこれ以上見続けることには耐えられない。早期の停戦、そして終戦を祈り、プーチン後の世界の平和を守るための条件を考えてみたい。
1.国際司法の場での戦争犯罪に関する審理
どのような形でこの戦争が終結するにせよ、戦争犯罪の有無とその責任は公正な国際法廷で審理し、裁かれなければならない。プーチンロシアがなぜこのような戦争を開始せざるを得なかったのか、どうすれば二度とこのような無益な戦争と犠牲を防ぐことができるのかを国連をはじめとした国際社会で考え、その教訓を世界中の人々で共有する必要がある。
2.「プロレタリアート独裁」の取り下げ
国家と独占資本が結託して軍事力を行使して隣国を侵略するという帝国主義的戦争が『帝国主義論』を書いたレーニンの国で繰り返されるのは歴史の皮肉である。そして、その根底にはマルクスの『ゴータ綱領批判』に示された「プロレタリアート独裁」の言葉の存在がある。「資本主義社会と共産主義社会との間には、前者から後者への革命的転化の時期がある。この時期にはまた、政治的な過渡期が対応しており、この時期の国家はプロレタリアートの革命的独裁以外のなにものでもありえない。」というマルクスの指摘は、いつしか労働者党の一党独裁に変質し、やがて党指導者の独裁となってしまっているのが現状の共産主義国の実態である。さらに資本主義が共産主義経済を浸食する中、独裁者の長期政権が軍需産業を含む独占資本との癒着の末にこうした帝国主義的戦争の温床ができあがる。
プーチン後の世界においては、すべてのマルクス・レーニン主義者、共産主義ないし社会主義国は「プロレタリアート独裁」を取り下げるべきである。資本主義社会から共産主義社会への革命的転化の時期においてこそ、多様な主体の多様な意見が必要である。民主的な議論こそが階級社会としての資本主義社会の諸矛盾を克服し、とても理想的とは思えない現状の共産主義社会を超える脱資本主義社会、脱階級社会を創発する力となる。
ちなみに日本共産党は1976年の臨時党大会で「プロレタリアート執権」との用語を綱領から削除している。
3.独裁を許さない民主主義システムの強化
ロシアにも野党は存在し、民主主義的な選挙制度はある。しかし、2000年ロシア連邦大統領選挙で当選したプーチンは、2008年に連続3選禁止の憲法規定による退陣時にメドヴェージェフ大統領府長官を大統領に担ぐことにより自分は首相となった。タンデム(双頭)体制を築いたプーチンは2012年大統領選挙で再選し、このとき大統領の任期は4年から6年に延長された。2018年3月の大統領選ではプーチンが76%の得票率で圧勝。2024年の大統領選挙にも出馬の意向を示している。プーチン氏が5選を果たせば、2030年までの政権担当が可能で、20世紀以降のロシアでは、スターリンを抜いて最長在任の指導者になるという。2021年9月の下院選(定数450)では、51.72%という低投票率の中、プーチン政権与党「統一ロシア」が324議席と7割以上の圧倒的多数を占めている。
任期の延長や多選、低投票率の中での与党の圧勝は独裁専制の温床である。民主主義国家においてもその兆候に対しては警戒を強め、独裁専制を許さないシステムの強化を図る必要がある。
4.常任理事国及び拒否権の見直し
国際社会の激しい批判の中でのロシアのウクライナ侵攻に対して、残念ながら現状の国連はこの蛮行を止めさせる力を持たない。安全保障理事会において拒否権をもつ5常任理事国の座のひとつをロシアが占めているからである。今回のロシアのウクライナ侵攻は常任理事国の拒否権を利用した、国連や国際社会に対する戦争でもある。
こうした戦争犯罪国を常任理事国の座に留めておくわけにはいかない。国連安全保障理事会の常任理事国や拒否権という制度そのものを見直すことが必要である。
そうしなければ、「国際連合」は第二次世界大戦の戦勝国の「連合国」に過ぎないという絶望的な悪評を覆すことはできない。国連憲章の第一の目的である「国際の平和及び安全を維持すること」を実現する力は持ちえない。
5.核保有国とその連合国の核兵器禁止条約の批准
核兵器の使用をちらつかせて市民の虐殺を続ける独裁者、専制国家をこれ以上野放しにしないために、国際社会は核兵器の開発、実験、使用、使用の威嚇などの禁止に向けて結集すべきである。
核兵器禁止条約は発効条件である50カ国の批准を得て、すでに2021年1月に発効している。同条約では、核兵器廃棄の期限や後戻りしないための措置などを、締約国会議で決めることとしている。今後これらの具体的な措置を検討するには、核保有国及びその同盟国の参加が不可欠であり、署名・批准国の拡大を図っていくことが必要である。被爆国日本は、日米安保の核の傘の下で核戦争に巻き込まれるのを待つのではなく、国連安保主義を貫き、核兵器禁止条約に早期に調印すべきである。
プーチン後の世界では早期にすべての核兵器所有国やその同盟国の批准が実現することを期待したい。
6.各国国防力の国連軍としての集約
ウクライナの惨状を見ていると、国防のための軍隊より、世界中の「人間の安全保障」を実力で担う国連軍の必要性を痛感する。
ストックホルム国際平和研究所によると 2018年の世界の軍事費支出は約 190 兆円(1.8 兆ドル)にのぼる。国連加盟国は 193 カ国だから、1 カ国あたり 1 兆円もの軍事費を国防のために費やしていることになる。もし、この額を使えるならば途上国の貧困も飢餓も一挙に解決できる。感染症対策を含めた保健医療の充実も図れるだろう。しかし、現実には各国の軍拡競争が止まらない。
世界の軍拡を防ぎ軍縮に向かわせるための提案が、国防費の国連集約による軍縮「20%United」である。各国の国防費の 20%を国連に集約し、1.8 兆ドルの 20%、3600 憶ドル規模(米国に次ぎ、中国を超える規模)の国連軍で平和維持構築活動を強化し、世界の軍事バランスを取りながら速やかな軍縮を果たそうとするものである。
もともとは米国がトランプ政権となって危うさが増す日米安保依存から国連安保へのシフトを果たそうとする意図で考えたものだが、プーチン大統領のウクライナ侵攻を目の当たりにして、ますますその必要性を感じている。具体的には次のような提案である。
【国防費の国連集約による軍縮「20% United」】
① 各国の国防費の20%を国連軍に集約する。
② 国防費の20%相当の資金または通常兵器、人員、基地設備を適時、国連軍に提供することに合意した国は(以下「合意国」)、国連及び国連軍により有事の際の安全を保障される。
③ 国連に提供する兵器には核兵器、大量破壊兵器は含めない。20%の国防費の母数には核兵器、大量破壊兵器関連費用も含める。
④ 合意国は、国連に対して自国の兵器(核兵器、大量破壊兵器を含む)、人員、基地施設等の国防費についての情報を提供するとともに、国連軍と合意各国の同様の情報を共有することができる。
⑤ 合意国は毎年、国連における軍縮会議の協議に参加し、自国の国防費の削減及び核兵器、大量破壊兵器の削減を申告する。国連は野心的な軍縮目標を提示し、合意国に提示して各国及び国連軍の軍縮を促す。
⑥ 自国の国防費の削減及び核兵器、大量破壊兵器の削減を申告できない場合は、当該期間、国連及び国連軍による安全保障の対象外となりうる。
⑦ 国防費の 20%相当の資金または通常兵器、人員、基地設備の国連軍への提供は、国連及び国連軍との安全保障条約の策定・運用とともに適時協議の上進める。
⑧ 合意国は必要な適時において自国軍事基地への国連軍の駐留を受け入れなければならない。ただし、安全保障上の理由から駐留人員の国籍等を協議の上限定することができる。
⑨ 軍隊や武力を実質的に放棄したと認められる国は、将来にわたる武力放棄を約束することで費用等の提供なしに国連及び国連軍から有事の安全を保障される。
7.領土問題懸案地域の領有権棚上げと共同管理
領土問題は常に近隣国との紛争の火種になる。日本と近隣国の関係でいえば尖閣諸島(魚釣島)、竹島(独島)、そして北方領土(南千島群島)である。「ウクライナの中立化」も軍事侵攻を伴えば世界からはロシアの領土奪還・拡大戦略に見える。また、ウクライナ全土がNATOとロシアの領土紛争に巻き込まれているようにも見える。プーチン大統領の政治的野心を反映してロシアの周辺には領土問題が山積している。
領土問題の解決策としては、例えば「共同主権(Condominium)」という国際法上の取り決めがある。南極は、「南極条約」によって領有権の停止がなされている。最近では北方領土をめぐってロシア側が「共同経済活動」を提案したのに対し、安倍政権が日本とロシア双方が施政権を行使する「共同統治」という新しいアプローチを提案した。平和学では、主権を主張して争うのではなく、双方が主権を一旦放棄して「特別区」として管理する「共同管理」や、当該地帯を関係諸国家が国家と民族を超えた「超国家地帯」として管理する「超国家的共同管理」が提唱されている。これらを踏まえて提案するのが、平和のための領土共同管理「Peace Condominium」である。具体的には次のような提案である。
【平和のための領土共同管理 Peace Condominium】
① 不毛で両国及び第三国を巻き込む国際紛争に発展しかけない領有権主張は棚上げする。
② 両国及び国際社会の平和な将来にとって望ましい当該地域の共同管理のあり方を共同で研究追求する。
③ そのための両国の研究者の共同居住型研究交流拠点:Peace Condominium を両国の共同出資で建設し、運営する。
④ Peace Condominium に一定期間居住して研究する研究者を両国から同数募集し、両国協議の上、選考して採用する。
⑤ Peace Condominium に居住して研究する研究者及びその家族には、居住経費、両国間の移動交通費、研究費を支給する。
⑥ Peace Condominium には、研究者の居住室のほか、両国の国民が安価に宿泊し現地視察や交流活動を行える宿泊研修施設と両国の商品を展示販売する商業モール施設を整備する。
⑦ 世界の領土問題の解決に向けた国連機関との共同研究を行い、他地域へのPeace Condominium 方式の導入展開等についても研究する。第三国の研究者も受け入れる。
⑧ 定期的に両国の国民の交流行事、国連機関等と提携しての国際行事を計画し、展開する。
⑨ 両国及び第三国の軍事拠点の設置、軍隊の駐留は認めない。
⑩ 共同研究の成果は随時または定期的に発表し、当該地域及び両国の施策・制度に反映していく。
気候変動に伴い、風水害や感染症の蔓延は今後も頻繁に起きる。それらとの戦いに兵器は役に立たないし、国家間の連携協力が欠かせない。プーチン後の世界では、人間の安全保障を持続的に実現する平和維持構築の仕組みを国連改革とともに積極的に推進する必要がある。